表札

2008.03.10
丹波春秋

 過日のテレビ放送で、表札を掲げない家が最近増えていることを伝えていた。何でも個人情報がもれることを警戒しているらしい。この話題から、詩人石垣りんの詩「表札」を思い起こした。▼「自分の住むところには 自分で表札を出すにかぎる」との書き出しで始まる。入院した病室にかけられる札「石垣りん様」のような、他人がかけてくれる表札は拒否したいという。「精神の在り場所も ハタから表札をかけられてはならない 石垣りん それでよい」。▼石垣りんは、生活と経験に根ざした社会性のある作品を書き続けた詩人であり、この詩は、自分がよって立つ「精神の在り場所」は、自分の力で築き上げなければいけないという意志を表札に託して表したものだ。そこには他人への依存を許さない、凛とした姿勢がある。▼この詩は、あなたは自分の手で表札をかけているかを問いかけてもいる。たとえば、ワイドショー番組のコメンテーターの意見を鵜呑みにするなど、他人の考えを疑いもなく受け入れて自分の考えとしていないか。精神の在り場所を、周囲からのお仕着せの価値観で埋めていないか、などと問いかけている。▼表札を掲げない家が増えている。それは、「表札」の詩に見られる凛とした姿勢を自ら放棄した人たちが増えていることの象徴のようにも思える。(Y)

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