精神科医の斎藤茂太氏の家では、子どもが幼いころ、「空襲記念日」という家庭行事があったという。この日は電気を最小限度の明るさにし、家族みんなですいとんを食べながら子どもに戦争中の話を聞かせた。▼東京大空襲で斎藤氏の自宅や病院は全焼。何もかもを失ったその日から立ち上がった。いわば斎藤家の原点とも言える日だ。そのことを子どもに伝えたいと、奥さんが発案した。行事をしたのは、きょう5月25日だった。▼面白い行事だと感心するとともに、子どもの家庭価を高めたに違いないと思った。家庭価とは、「郷里価」から思いついた言葉だ。多紀郷友会発行の最新の機関誌『郷友』に寄せられた河合雅雄氏の散文で、郷里価という言葉を知った。郷里価とは幼少時の体験を通じて心に刻印された故郷の懐かしさをいう。▼体験を通して故郷との絆を培う郷里価があるなら、家には家庭価があろう。斎藤家の空襲記念日では、弱々しい光の中ですいとんをすするという体験を通して、子どもたちは家の歴史を知り、親子の対話を深め、家庭に対する絆を太くしたことだろう。▼河合氏は「子どもの時、郷里価を高める工夫をしないといけない」と書いているが、空襲記念日は、家庭価を高める工夫だったと思う。それぞれの家でそんな工夫をしたいものだ。(Y)