化石発見 アマチュアの努力が結実

2008.06.16
丹波の恐竜

 アマチュアの化石愛好家の地道な努力が今回の大発見をもたらした。 篠山層群については、 2代にわたり50年以上前から研究を続けている親子や、 恐竜化石の発見を機に昨年立ち上がった市民グループがある。 専門家らも協力を求めているこうした市民らの活動を紹介する。

  篠山市鷲尾の円増肇さん (67) の父、 故俊夫さんは、 篠山層群研究の草分け的存在だった。 地学が大好きな中学の理科教諭で、 自転車で市内の地層を回って多くの化石を掘り、 論文も書いた。
 1956年、 俊夫さんは広島大学の研究員らとともに河原町の王地山を訪れ、 「カイエビ」 の化石を発見。 これにより、 篠山層群が内陸部の湖成層であることが初めて分かった。 この時、 高校生だった肇さんも調査に同行し、 感動を共にした。 肇さんも高校の理科教諭となり、 篠山層群の研究を引き継いだ。
 円増さん宅には、 2人が夢中で集めた化石が宝の山として眠っている。 恐竜化石の発見後、 篠山層群に関心を寄せる研究者らが、 円増さん親子のことを知り、 訪れるように。 大学をはじめ、 福井県の恐竜博物館、 東京の国立科学博物館などから研究者が貴重な現物資料を見に来ている。
 肇さんは 「発見や調査の状況を父の仏前で報告している。 これで親孝行ができたかな」 と穏やかにほほ笑む。
 病気で体の自由がきかなくなった肇さんに代わり、 妻の昭子さん (62) が丹波市山南町の恐竜化石発掘ボランティアに参加した。 それまで化石には興味がなかったが、 今では肇さんに最新情報を伝えている。
 孫たちも化石好きの遺伝子を受け継いでいるよう。 三田市の人と自然の博物館近くに住む女の子は、 3歳のころから肇さんと一緒にハンマーで岩を割っていたそうで、 円増さん夫妻は 「3代目になるかな」 と見守っている。
 俊夫さんは生前 「川代に恐竜が出るだろう」 と予見していたが、 足立洌さんの発見で現実のものとなった。 実は22年前、 肇さんはおそらく恐竜とみられる骨を篠山市内で見つけたが、 写真に収めただけで持ち帰らなかった。 その後、 現場の地層は壊されたため、 化石がどうなったかは分からない。 2人は 「丹波市で大きい恐竜が出たので、 今度は篠山で小さい恐竜を見つけたい」 と語った。

 2007年5月、 篠山市、 丹波市の市民を中心に発足した 「篠山層群をしらべる会」。 恐竜とほ乳類化石発見者の足立洌さんも所属している。 同会代表の大森作之さん (61) =篠山市糯ヶ坪=に、 活動内容や今後の展望などを聞いた。
―立ち上げたきっかけは
  「篠山層群は、 構造は解明されているのですが、 化石についてはあまり多くは出ていません。 地元の私たちは、 子どものころに遊んだ記憶から、 どこにどんな地層が露出しているか学者よりも知っています。 アマチュアの足と時間を活かして地層を調べ直してみようと立ち上げました。川代の丹波竜発掘ボランティアに参加した人が大半で、 メンバーは14人います」
―活動内容は
  「会則などは設けない自由な集まりで、 月に1回例会を開き、 発掘を行っています。 例会には人と自然の博物館の研究員も毎回出席し、 アマチュアと専門家が連携して活動しているのが特色。 市内の地層露出個所をまとめたところ45カ所見つかり、 これらを1つずつあたっています」
―今後はどのような活動を
  「篠山層群に限らず、 さらに古い時代の 『丹波帯』 『超丹波帯』 なども研究しています。 また、 化石だけに興味があるのではなく、 地学に関することを調べあげたい」

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