漫画家、水木しげるの「妖怪道五十三次展」(植野記念美術館)がテレビの朝ドラ「ゲゲゲの女房」の人気もあって賑わっている。東海道の宿場ごとに、広重の下絵に様々な妖怪を配した版画。世にかくも多くの妖怪が潜んでいるのかと、改めて感心する。▼水木の漫画には大手の少年漫画雑誌に登場し始めた60年代末から注目していたが、妖怪に混じって傷痍軍人がよく登場するのが気になっていた。やがて、戦記ものが本格的に出て来る。▼彼が尊敬する山本五十六を主人公にした連合艦隊などの戦史シリーズもなかなか読みごたえがあるが、秀逸なのは何と言っても、南方での2等兵としての戦争体験を描いた作品だ。▼ニューギニアを舞台にした「総員玉砕せよ!」は、「90?事実」の話。やたらビンタを張る上等兵、口を開けば「楠公の美学」を語る20歳代の大隊長。きつい任務に苦しみつつ、抑圧された食欲と性欲を発散しようともがく下級の兵隊たち。善良だったり小ずるかったり、虚勢を張る割に小心だったりする様々な人物像が、決して陰惨ではなく、からっと、淡々と描かれている。▼水木漫画の本領は、どの文学作品にも劣らぬ、これら戦記ものにあろう。妖怪も彼にとっては恐らく、逝ってしまった戦友たちの霊の変身なのではないかと、筆者は推測する。 (E)