宝塚歌劇のかつてのスター、高浪喜代子がまだ駆け出しだったころ、「スターになりたい。どうすればなれるか」と、歌劇の教師に尋ねた。教師は、手元にあった『ボヴァリー夫人』という本を手に取り、「この本を読め」とすすめた。▼スターになりたい一心で喜代子は夢中で読んだ。二度も三度も読んだ。それでもスターになれなかった。教師は「もう一度だけ読め」。そう言われて四度、この本を読んだ喜代子は、もうスターになれなくてもいいと思った。人間の感情の奥深さをこの本から学び取れたことで十分満足できると思ったからだ。▼ところが、喜代子は途端にスターになった。彼女の持っている個性に加えて、知的な輝きが増したからだ。目も鋭くなり、輝いてきた。肩の力も抜けた喜代子は大スターへとのし上がった。▼本に親しみ、本に学ぶ。すると、表情や、その人が放つ空気もおのずと変わってくる。本がいかに人間形成に大きな影響をもたらすかがわかるエピソードだ。▼思想家の安岡正篤(まさひろ)氏は、よりよく生きるためには、佳(よ)い人、佳い山水、佳い書に巡り合うことだと説いた。しかし、人や山水にはなかなか巡り合えない。それに対して佳い書は簡単に手に入れられる。読書にいそしみたいものだ。27日から読書週間が始まる。(Y)