今期の芥川賞は男女2人で、中卒で日雇いの職を転々としていた西村賢太氏と、サガンの「悲しみよこんにちは」を翻訳した朝吹登水子を大叔母に持つ朝吹真理子氏。取り合わせの妙に惹かれ、久々に文藝春秋を買った。▼西村の「苦役列車」は、早くも流行語になりつつある。ほとんどが実体験に基づく私小説で、その日しのぎの肉体労働と酒びたりの暮らしの話に新鮮味は感じないものの、犯罪者の実父の血を自分もひいているのではないかとおののく場面など、隠しだてなく吐露している。▼一方、朝吹の「きことわ」は、別荘の娘「貴子(きこ)」と管理人の娘「永遠子(とわこ)」という、2人の女性が登場。血縁もなく年齢も少し離れているが、今の瞬間を永遠の時間の中で感じるような不思議な意識を共有する。主人公は人物よりむしろ「時間」とも言える。とりたてた事件もなく退屈でさえある物語だが、随所で宇宙や生物の進化のことを思わせる。▼インタビュー記事によると、朝吹氏は相当の才媛には違いないが、「子供の頃は読書より木登りが大好きだった」という。西村氏は、「藤澤清造」という野垂れ死にした無名の無頼作家を掘り起そうとしたのが、自らも執筆する契機になったという。▼やはり芥川賞作家というのは、それぞれに只者ではない。(E)