「戦国時代の女性たち」がテーマの丹波の森公苑「丹波学」講座で京都へ。▼三十三間堂そばの養源院は淀殿(茶々)が父浅井長政の追善で建て、徳川秀忠夫人の江が再建した寺。大河ドラマ「江」ブームですごい観光客だった。「ここにしかない」という江の肖像は、確かに意志が強そう。▼亀岡での「細川ガラシャ・江・春日局」の3人をめぐるシンポジウムで、「江」のドラマの時代考証をした小和田哲男静岡大名誉教授が「柴田勝家の越前北ノ庄城は落城時も火をつけられていないが、『感じを出すため少しだけ燃やさせてくれ』と頼まれ、『少しだけなら』とOKしたのに、観たらめらめら燃えていた」と、裏話を披露。▼このドラマには史実としては疑わしいところがいっぱいあり、NHKに抗議が殺到しているという。筆者も「『政略の道具に使われがちだった戦国の女性といえども、自分の意思を持っていた』という作者の思いはわかるとしても、江に天下人の秀吉を『猿』呼ばわりさせなくてもいいのでは」と質したが、「まあ、そう言わなかった証拠もないので」とかわされてしまった。▼小和田氏によると「わが町の英雄を大河ドラマに」という陳情がNHKに全国30カ所ほどから来ているそうだ。亀岡でも「光秀を是非」という署名運動が熱っぽく展開されていた。(E)