作家・曽野綾子氏の父親は、妻に暴力を振るう人だった。少しでも気に入らないことがあると、妻を詰問し、謝らせる。それでも気がすまないと、暴力を振るい、夜も眠らせなかった。妻は身を守るため、すぐに謝った。その謝罪は心を伴っていなかった。▼そんな母親の姿に、曽野氏は「人間は身を守るために嘘をつく必要がある」ことを子ども心に知った。問題家庭に育ったおかげで、「人の心のからくり」を体で学んだという。▼本紙で「猫も歩けば希望に当たる」を連載している竹安修二氏が、母親の思い出を書いていた。母と一緒に店番をしていたとき、一人の女性が下着などを袋に詰め込み、お金を払わずに店を出て行った。万引きだ。▼幼かった竹安氏は得意気に母親に報告したのだが、母は耳を貸さない。食い下がる竹安氏に母はこう言った。「盗りたくて盗る人なんか一人もいない。みんな色々あるんやし、盗ってる本人が一番辛いもんなんや」。40年以上経った今も、忘れられない言葉だという。▼意図する、しないにかかわらず、母親の態度と言葉は子どもに大きな感化をもたらすことを示す二つのエピソードだ。但馬の教育者、東井義雄氏は「人生で子どもが最初に出会う人はお母さん」だとし、「子どもの人生を決定する力を持つ」と言った。今日は「母の日」。(Y)