創建は大変古く、 皇極天皇 (640年代) と言われており、 最近では、 1847年の再建である。 平成23年秋、 兵庫県の重要有形文化財に指定された。 社殿の設えも重厚であり、 そこに施された彫刻と相まって、 文化財指定もむべなるかなというところである。 すぐそばには、 摂社、 末社も多く鎮座して、 関宮の地名もなるほどと思われる。
向拝には、 定番の唐獅子、 獏の彫り物が見られ、 籠彫りの華も見事なものである。 特に唐獅子は、 彫りが深く、 あたりを見回す雰囲気がよく出ている。
ここの社殿の脇障子に注目した。 立体感ある鳳凰の彫刻がある。 今にも飛び掛かってきそうな勢いが感じられる。 彫り物の素晴らしさなのであろう。 この脇障子の裏面に銘がある。 彫り物師、 丹州栢原町住人、 中井權次橘正貞である。 中井一統の中でも天才と言われた6代目の60歳代後半の作である。
元高校教諭 岸名経夫