創建、 天平年間、 行基。 但馬高野ともいう。 少し狭い車道を登って行き、寺院の裏手に着く。正面に回る。 そこにある彫刻は、 豪華で重厚そのものである。
兎の毛通しの大きな鳳凰の彫刻には驚いた。 今にも飛び立つような錯覚を与えてくれる。 向背の彫刻の賑々しさも驚きである。 まず龍の険しい顔がやけに目につく。 その上にふくよかな天女が二人、 舞を舞っている。 定番としての木鼻には唐獅子と、 獏ではなく象がしつらえられている。
小さいが梁の下の籠彫りの兎の彫刻もユーモラスである。 この本殿から、 さらに少し山道を登ると、 そこには、 観音堂 (大熊閣) が見える。 ここにも立派な彫刻がある。 龍はもとより、 獅子噛が下の梁に噛みついている。 迫力満点だ。 手挟みの華の彫り物もすばらしいの一言だ。 ここの竜の彫刻の裏面に彫り物師の銘がある。 丹州栢原町住人、 青竜軒中井権次橘正貞である。
元高校教諭 岸名経夫