特別な教官

2015.07.04
未―コラム記者ノート

 本紙連載「戦後70年丹波人の証言」で、満96歳の元海軍電信兵、池上隆一さん(丹波市氷上町石生)に戦争体験を聞いた。取材のお願いに自宅をにたずねた際、「陸軍の悲惨さはよく知られとるけど、海軍もみじめやで」と言われた。重い話が続いた。
 輸送艦で外洋と内地を行き来していた関係で、池上さんの手元には多くの資料が残っている。地元からの激励の手紙も多くあり、存命の人が70数年前の少年少女時代、書いたものがあるかもしれない。
 貴重な資料と思われるのが、通信教員として約1年勤務した松山海軍航空隊(松山市)の練習生から転勤に際し、贈られた色紙だ。パイロットを目指す若人が、零戦や軍艦を描き、決意をしたためている。訓練のようすの風刺画もある。池上さんは、当時の若者の率直な気持ちが綴られた色紙を展示し、陽の目を見せてやれないかと思案している。
 戦時中に教え子が教官に感謝の品を届けるなど、ほぼあり得ない。指導が生ぬるいと自身は上官に殴られながらも、決して教え子に手を上げなかった。特別な教官だったのだろう。(足立智和)

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