黒枝豆の季節がそろそろ終わる。次は山の芋だ。山の芋をすりおろしたとろろは、子どもの頃、苦手だったが、長じると味覚は変わるもので今では好物の一つになった。そんな山の芋を使った料理をこよなく愛した人物が、芥川龍之介の作品に登場する。▼『芋粥』の主人公は背が低く、赤鼻で、はなはだ風采のあがらない男。周りからも軽んじられ、相手にされずにいたが、頓着することはなかった。そんな男にも一つの欲望があった。年にたった一度、ほんのわずかしか口にできない芋粥を飽きるほど食べたいという欲望だ。▼その望みがかなう時が来た。恐ろしいほどの量の芋粥が男に供せられた。しかし男は喜ぶどころか、げんなりした。芋粥に執着していた男は、周りからさげすまれる「孤独な彼」であったが、欲望をただ一人大事に守っていた「幸福な彼」でもあった。その欲望が満たされると、男から幸福が遠のいていった。▼山の芋も逸品だが、秋の味覚は、マツタケにとどめを刺す。昔々はマツタケが豊富に取れ、弁当のおかずにもなったと聞く。しかし、うんざりするほど食べると、食指は動くだろうか。▼今年もマツタケを口にすることなく、終わりそうだ。しかし、『芋粥』の主人公のように食べたいと願っているうちが幸福なのかもしれない。(Y)