春が来た

2019.02.10
丹波春秋未―コラム

 日当たりの悪い我が家の庭に植わった梅が花をつけていた。「梅一輪一輪ほどのあたたかさ」。雪の少ない比較的暖かな日が続く今冬だが、咲き始めた梅の花は春が間近いことを知らせてくれる。

 「春が来た」という。「春は来た」とはあまり言わない。「が」と「は」には微妙な違いがある。国語学者の金田一秀穂氏によると、「は」は、大切な言葉が後ろに来るのに対して、「が」には必ず大切な言葉が前に来るというルールがあるという。春を強調したいからこそ「春が来た」というのであり、それは春を待ち焦がれている気持ちの表れであろう。

 大昔から日本人は、春が来るという気持ちを大切にしてきた。だからこそ、厳しい寒さが続く中にも春が忍び寄ってきたことを告げる梅を愛してきた。愛するあまり、梅はしばしば名前に用いられた。たとえば、柏原町出身で逓信大臣や台湾総督などを務めた田健治郎は、幼名を梅之助といった。

 明治維新の志士にも梅を名につけた人物がいる。坂本龍馬は「才谷梅太郎」、高杉晋作は「谷梅之助」と変名した。風雪をおかして咲く梅に気高さを見いだしたのか。

 俳人の田捨女に「賀茂山の梅はこよみのはかせかな」という句がある。賀茂の山の梅は毎年、春の到来を正確に告げる。これを「暦の博士」と表現した。春が来た。(Y)

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