光秀破った「赤鬼」の城郭 78城を縄張り図とともに紹介 初確認の山城も

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新刊「明智光秀を破った『丹波の赤鬼』」を手にする高橋成計さん。表紙写真は黒井城跡=2020年2月16日午前11時21分、兵庫県丹波市春日町黒井で

全国の城郭を調べている山城研究家の高橋成計さん(67)=大阪府高槻市=が、新刊「明智光秀を破った『丹波の赤鬼』―荻野直正と城郭」(神戸新聞出版センター)を28日、出版する。兵庫県丹波市の黒井城主で、光秀を破った荻野(赤井)悪右衛門直正が関係した78城を縄張り図と共に紹介している。「NHKの大河ドラマも始まった。全国的に、荻野直正の勇猛さを知ってもらうきっかけになれば」と高橋さんは話している。

天正年間、織田信長の命を受けた光秀が、「丹波攻め」を繰り広げた。同3年、丹波国に覇を唱えていた「丹波の赤鬼」の異名を持つ黒井城の直正との戦いでは、直正が光秀軍を挟み撃ちにする戦法「赤井の呼び込み戦法」を展開し、光秀は敗走。この作戦は、同県丹波篠山市の八上城主・波多野秀治が赤井方に寝返ったことに起因するともいわれ、直正と秀治との間にかねてからの密約があった可能性もあるという。光秀は同6年、再び黒井城を攻め、直正を病で失っていた赤井方は敗れ、黒井城は落城した。

高橋さんは、25年ほど前から八上城跡(同県丹波篠山市)や黒井城跡に足を運んでおり、光秀が主人公のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」が放映されるのに合わせ、昨年、光秀の城郭に焦点を当てた本を出版。調査の最中に、織田信長軍の有力武将の光秀の黒井城包囲を退却に追いやった直正の城郭も調べたいと思い立った。

過去20余年に蓄積したデータに加え、週に3日、山を歩き、これまで確認されていなかった10以上の山城を同市内で確認。測量し縄張り図を描いた。

直正が直接関わった城郭は、初陣の野山城(丹波市春日町)と本拠地の黒井城のほか、明智氏と赤井氏が奪い合った三尾山城(同)、天田郡(現福知山市)方面を監視するために設けたとみられる初確認の烏帽子山城(丹波市青垣町と福知山市にまたがる)くらいのため、赤井氏の城、直正が養子に入った荻野氏の城などを合わせて掲載している。

高橋さんは「歴史に基づき、誰と戦い、どういう意図で城を置いたのかをくみとることで物語ができる。直正を世に出すのは今しかない。地元の人に読んでほしい」と話している。2300円(税別)。

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