新型コロナウイルスに自分が感染していないか不安なのに、鑑定するPCR(遺伝子)検査を受けられない。こんなことでいいのか―。丹波新聞社にこのほど、一通のメールが届いた。メールの送り主は、30代の男性会社員。車で京阪神を飛び回る営業職だ。医療機関で「風邪」と診断され、自宅で療養を続けているが、感染不安がぬぐえない。男性は電話取材に「疑わしきは検査しない、でいいのか」と不満を口にした。不安を抱える男性の思いを兵庫県丹波市の丹波保健所と同県立丹波医療センターに伝え、感染を疑ったときのPCR検査の対象など、保健・医療両面から検証する。
男性は13日朝にいったん出社したが、風邪のような症状があり、検査を受けようと、丹波圏域の帰国者・接触者相談センターの丹波健康福祉事務所(保健所)に電話相談した。
保健所の答えは、「検査対象にならない」だった。男性は、県立丹波医療センターを訪れた。症状を伝え、検査を受けたい旨を伝えたが、「保健所からの要請なしにはできない」と言われた。同センターに、丹波市立健康センター「ミルネ」受診を勧められ、肺のレントゲンや血液検査の結果、「通常の風邪」と診断され、解熱剤などを処方された。
「ミルネ」受診時の検温で37・5度、翌日も37・5度の熱が出た(平熱は36・4度)。その後も37度台の熱が出た。
受診から1週間が過ぎた20日、再び保健所に検査を求める電話をかけた。咳が残っており、自身では13日の受診時より症状がしっかり出ていると考え「症状が出ているときに検査して判定してほしい」と訴えたが、返事は同じだった。「ミルネ」に相談すると、「風邪症状が残っているが、これ以上することはない」といったニュアンスのことを言われたという。
男性は、「自分では感染しているかどうか分からない。自分が陽性で、同居している親にうつしているのでは、取引先に迷惑をかけているのではと考えると、気が気でない。検査結果が陰性なら、会社が『出社して良い』と判断できる。国は検査数を増やすと言っているが、変わっていないじゃないか。いまだに濃厚接触者や、よほどの重症でないと検査が受けられない。これで封じ込めができるのか疑問」と吐き出した。
保健所長「対象に該当していない」
丹波健康福祉事務所(保健所)の逢坂悟郎所長は、「体調の異変を感じた男性がすぐ退社したことは適切な判断だ」と評価する。PCR検査の対象としなかった職員の対応は、「男性は不本意と感じられたかもしれないが、運用通りの対応」と考えている。厚生労働省が示した基準に合致しないからだ=表参照。
感染者の増加が顕著な東京都が「PCRセンター」を設けるなど、一部で独自の検査方式の導入が始まっているが、兵庫県は、厚労省が当初に示した通りの方針を継続中。検査は、県内一律で保健所が必要性を認めたときのみ行う「行政検査」。県民からの相談電話の内容が、国が示す基準に合致していたり、コロナ感染症を疑った医師からの連絡により、検査を実施するかどうか判断する。検査には保健所が立ち会う。鼻の奥から採取した検体の検査機関への運搬も保健所が担う。
県内の機関が総力を挙げ、1日に検査可能な件数は254件程度。患者が増え続ける阪神地区などから多量の検体が持ち込まれ、「パンクしそうになっている」(逢坂所長)。
県は、風邪に似た症状があれば、感染している、していない、検査するしないに関わらず、自宅待機を推奨している。
逢坂所長は「電話相談は日に10件、20件あり、多くが男性のように心配だという内容だ。不安は理解できるが、検査対象でない相談者は、男性と同じように扱っている。不安解消のために検査することは、現状ではできないことを理解いただければ」と話している。
また、保健所に相談する基準とPCR検査の対象の基準が「混同されている」と指摘する。厚労省が示す保健所への相談基準は▽風邪の症状や37・5度の発熱が4日以上続く▽ひどい倦怠感や息苦しさがある―など。高齢者や糖尿病、心不全、呼吸器疾患など基礎疾患がある人や人工透析を受けている人は、状態が2日続けば相談を、と目安を示している。
専門医「肺炎像なくコロナの疑いない」
丹波医療センターの見坂恒明地域医療教育センター長(神戸大学特命教授)は、「『ミルネ』を受診したときに、肺炎像がなく、白血球が著しく減っていることもなく、医者からすれば、コロナを疑う症例ではなかったんだろう。風邪と診断がついているので、患者さんにとっては不本意かもしれないが、PCR検査をしないのは妥当」と、医師の見方を説明する。
「ミルネ」を含め、開業医から風邪に似た患者が送られてくる医療センターは、「これは怪しい」と疑ったときは、保健所の同意を得た上で、PCR検査を実施している。しかし、これまでのところ、感染が分かったのは、丹波市内で最初の感染者となった、大阪のライブに参加していた男性の1例のみという。
感染が蔓延している都市部を中心に県内で連日、PCR検査が行われているが、陽性率は1割以下。検査の精度に限界があり、本当は感染しているのに非感染となる「偽陰性」、その反対の「偽陽性」を含む。
「PCR検査の陰性、陽性にこだわる必要はあまりなく、重症か重症でないかがより重要」と言う。
風邪に似た症状があり、PCR検査を受けられず、陰性か陽性か分からない状態をグレー、陽性を黒、陰性を白とする。
「グレーは、家で安静にと言われる。感染者が増えれば、黒もそのうち自宅療養になるだろう。家族にうつさない、家族がもらわないために注意すべきこと=表参照=は、黒もグレーも同じ。白でも同じ。咳込んだり熱が出ていれば、コロナでなくてもインフルエンザなどの感染症かもしれず、家族と離れた方が良い」
職場復帰のタイミングも、「白、黒、グレーで違いはない」と言う。「症状がなくなったら、マスクをつけて出社する。ウイルスの排出期間は、発症から2週間と一般的に言われている。症状がなくなっていれば、それより早くてもいい。治ってから何日間隔を開けて出社を認めるかは、会社の考え方。白でも、症状が治まっていなければ、会社は出社していいとは言わないだろう」
自宅で療養中に、今より具合が悪くなれば受診をと呼びかける。コロナ肺炎が疑わしい場合は、PCR検査を考慮する。「コロナとは別の風邪に似た症状が出る感染症も少し流行っている。今の時期、本人も家族も心配する気持ちはよく分かる。早く回復されますように」と話した。