「偽陽性」翻弄された施設 陰性判明まで大きな混乱 「この経験生かさないと」

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コロナ疑いの事例が発生した老健を医療センター側から望む。現在も面会禁止などの措置が続く=2020年10月28日午後零時20分、兵庫県丹波篠山市黒岡で

兵庫県丹波篠山市にある兵庫医科大学ささやま医療センター併設の「ささやま老人保健施設」で10月19日、90歳代女性入所者が新型コロナウイルス感染症の抗原検査で陽性を示したものの、後日、より精度の高いPCR検査で陰性となり、発表を取り下げる事案があった。抗原検査が誤った反応を示す「偽陽性」だった。重症化リスクの高い高齢者がいる老健。陰性と判明するまで大きな混乱が起き、職員、入所者、家族など関係者たちが翻弄された。同センターは、「ご心配をおかけした」と謝罪したが、いつ本当に感染者が出るとも知れず、「より危機感が強まった」と語る。一連の流れと現場の実情を追った。

 

 

「もう間違いない」誰もが思う

「ついに来たか―。それが最初の感想です」。同センターの内藤泰事務部長が振り返る。

女性が抗原検査を行う前の17日、しばらく前から風邪症状(鼻水のみ)が出ていた老健の職員が嗅覚・味覚障害を訴えたことから、簡易キットによる「抗原定性検査」を実施。「測定不能」を示したため、PCR検査を行ったが、同センターは当時、自前の機器が導入されておらず、検査は外注。土・日曜を挟んだため、結果が出るまで時間を要していた。

コロナの可能性もあることから、結果は出ていないものの他に感染者がいないかを探ることになった。発熱などの症状があった入所者11人と併設の病院に入院していた入所者1人を検査。結果、入院していた入所者1人も職員と同様「測定不能」だったため、PCR検査を行い、結果を待つことになった。

この時点で疑いがあるケースが2例。ここに90歳代女性がせきと発熱の症状を示し、抗原検査を行った結果、陽性。「これはもう間違いない」―。関係者の誰もが思ったという。

感染経路はどこ? 職員の可能性も

簡易キットによる検査でも陽性が出た場合は県に届け出ることになっているため、県丹波保健所に発生届を提出した。

女性は昨年8月から入所しており、外出もなく、面会も原則禁止の状況。感染経路は職員の可能性が濃厚と考えられた。

しかし、その後、職員のPCR検査の結果が「陰性」と判明する。念のため、唾液だけでなく、鼻咽頭に検体を変えて検査し、抗体検査も行ったが全て陰性だった。

女性は20日に感染症指定病院に入院したが、21日にPCR検査の結果が陰性と判明。22日にも再度検査を行ったが、再び陰性だった。現在、経過は良好という。

これらの状況から女性の陽性反応は「偽陽性」で、誰も感染していなかったことが確定した。女性を陽性と届け出ていたが、主治医、届け出医、保健所が総合的に判断し、22日に発生届を取り下げた。

キットの「偽陽性」 2万例のうち4例

混乱を招いたのが簡易キットによる抗原検査。陽性の場合、赤い線が出現するもので、女性の検体は医師や検査技師など3人の目で変色を確認している。

結果的に偽陽性だったため、同センターがメーカーに問い合わせたところ、同様のケースが出荷した2万例のうち4件あることが分かったという。

同センターは、「結果的に偽陽性で混乱の原因となったが、抗原定性検査はすぐに結果が分かるため、疑わしい場合はすぐに対応できるので感染拡大防止に役立つことは理解できる」とした。

日本感染症学会がこのほど行った調査によると、簡易キットで偽陽性と疑われるケースが全国で少なくとも125件あったことが分かっている。

気遣いの声に「ありがたい」

「クラスターになるかもしれない」―。偽陽性と確定するまで、施設は大混乱に陥った。

女性の検体が陽性反応を示した翌日から老健は入所、退所と通所サービスを停止する。当時、入所者は92人。職員は80人で、ボランティアで施設に訪れる人も含めると関係者はゆうに100人を超える。全員にPCR検査を実施し、1日100件以上の検査を行うことになった。

一方、老健の事務所では、濃厚接触者のリストアップと、入所者の家族に事情を説明する電話連絡に追われた。上村啓二事務長は、「『発生させてしまった』という責任を感じながらの電話だった」と話す。

しかし、家族らからは、「大変だけれど、頑張ってください」など、気遣いの言葉にあふれた。「親が世話になっているのだから」と、連絡した日のうちに大量の消毒液などを届けてくれる人もいたという。介護事業を行う事業者間でも情報共有したが、「できることがあったら言って」「倒れないように」などの声が多く、上村事務長は、「本当にありがたかった」と振り返る。

濃厚接触者のリストアップには時間を要した。どの職員が女性に何の業務で関わり、何分滞在したのか。その時、互いにマスクをつけていたのか―。休日の職員にも連絡を取り続けた。

入所者ストレス 影響は広範囲に

リストアップで濃厚接触者になった職員は出勤停止。濃厚接触者ではないものの、ほぼ同時期に外泊していた入所者の家族も出勤を取りやめた。

入所者らは普段、食堂で食べている食事をそれぞれの部屋で取ることになった。退所予定だった入所者は、家に帰ることができなくなり、「なぜ帰れないのか」と強いストレスを感じていた。デイサービスも停止したため、本来、通所するはずだった人々は家にいることになった。わずか数日の出来事ながら、その影響は広範囲に及んだ。

対応に奔走した上村事務長は、「濃厚接触者を特定するための手法など、たくさんの課題が見つかり、貴重な経験になった」と言い、「今後もいつ発生するともしれない。この経験を生かし、より迅速に対応できるよう、急いで体制をつくらないといけない」と話す。

職員診療の負担 早期受診の障害

同センターは一連の対応から課題を検証した。まずは抗原検査の反応。次が職員の感染対策だ。

普段から人一倍気を付けている立場だが、感染源と疑われた職員は風邪症状が出ていたものの、味覚障害などが出るまで検査を受けていなかった。その理由の一つがスタッフ不足。検査を受ければ、結果が出るまで仕事を休まなければならず、業務に支障が出ることを懸念したためだった。そして、検査以外の保険診療に自己負担が発生すること。

この2つが「早期受診の障害になっていた」と分析する。

内藤事務部長は、「鼻水が出ているくらいで休むことになれば、花粉症の時期などはみんな休まないといけないことになる。風邪症状で受診しても、まん延している地域に出向いたことがあるかどうかや、家族の状況などをかんがみて、働ける環境をつくらないといけない」とし、自己負担についても「何かで補填するなど検査を受けやすくしていきたい」とした。

片山覚病院長は、「地域のみなさまに多大なご心配とご迷惑をおかけした」と謝罪し、「再発予防策を立て、情報共有など、地域でこの経験を役立てていく」と話した。

老健は現在、通常の運営に戻っている。

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