体に刻まれた昔の記憶 今ある力を生かす工夫を【認知症とおつきあい】(17)

2021.08.18
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高齢になると昔話が多くなるとよく言われる。誰でも長い人生の中で自分が一生懸命生きてきた時代は大切な思い出だ。

特に最近の出来事を忘れてしまう認知症の人にとって、生き生きと暮らしてきたころの思い出は、昨日のことのように鮮明に脳裏に浮かんでくるに違いない。

5分前に食事をしたことを忘れるのに、子どものころの友だちのこと、学校の様子などははっきりと語れる。認知症のもの忘れは、出来事を記憶できない、その記憶は現在から過去に向かって消えていく。出来事は忘れるのに、体で覚えてきたことはなかなか忘れないなどというエピソードは多い。

私の経験の中で、驚いたことがある。アルツハイマー型認知症で自宅の所在地を言えなくなった人が、ドイツ語で「野ばら」を歌ってくれた。彼はドイツでの勤務経験が長い人だった。仕事や海外生活の中で覚えてきた言葉は、長く忘れずに残っていたのだろう。

正月のしめ飾りが上手に作れた人、妻の力を借りながら素敵な家具小物を作れた元家具職人の男性もいる。裁縫の上手な人や折り紙の得意な人など、それぞれ人が自分の体で覚えてきたことはしっかり残っている。

「何もできない人」と思い込まず、その人の力を見つけ出して、生活に生かす工夫をしたい。1人ではできないことも多いが、少しの援助で、自分にできることを力いっぱいがんばる人を見ると誰でも応援したくなる。

ミシンの得意だった女性が、認知症が出始め、家族から「何もしようとしない」と訴えがあった。介護サービスの利用でヘルパーさんの援助を得て、ぞうきんを縫って学校や施設に送ると、みんなから喜ばれ、本人に笑顔が戻ったと聞いた。

自分が誰かの役に立っていること、役割のあることはうれしいことなのだ。

認知症の人がどんな時代をどのように生きてこられたかを知ることで、その人の能力や好きなことを知り、今ある力を生かす工夫を試みてほしい。

寺本秀代(てらもと・ひでよ) 精神保健福祉士、兵庫県丹波篠山市もの忘れ相談センター嘱託職員。丹波認知症疾患医療センターに約20年間勤務。同センターでは2000人以上から相談を受けてきた。

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