森の奥から響いてくるチェーンソーのエンジン音。その爆音が止むと同時に聞こえてくる「ケラケラ」という高らかな笑い声は、野太い「きこりおやじ」のものではなく、女性たちの声だ―。ここは兵庫県丹波市春日町野村の山中を走る登山道。市内の山好きの女性4人が、一昨年から半年間かけて開拓した道で、開通した今でも定期的に山へ入り、倒木の除去や、休憩場所、見どころスポットの整備などに汗を流している。
山道具担ぎ山奥へ
4人は、青木美子さん(39)、阪口明美さん(47)、中辻郁美さん(39)、菅沼加奈子さん(42)。
登山道の起点は、同市春日町野村の萬松寺横にある「まきんこの森」。「市木の駅プロジェクト」のメンバーが整備した遊び場だ。そこから南西方向にある標高551メートルの名もなき山の頂を目指す延長1・9キロのコースを、一昨年9月から昨年3月にかけて開いた。毎月1―2回、作業日として集まり、チェーンソーやのこぎり、鉈などの山道具を担いで森の奥へと通った。
4人は、標高551メートルの山を、有名豚まん店のCMを連想させる「ごーごーいち」の発音にちなみ、「勝手に『宝来山(ほうらいさん)』と呼んでいます」。宝来山のすぐそばを、水分れ公園(同市氷上町石生)付近を発着点とする既存の「向山」登山道が通っているため、4人が登山道を新設したことで、向山一帯でボリュームのある山歩きが楽しめるようにもなった。
道中、山の神が祭られていたり、巨岩・奇岩が出現したり、黒井城跡が展望できるポイントがあったりと見どころは多い。「女性が造った登山道だからハイキング程度だろうと来られる方がいますが、違います。なめてもらっては困ります。本格派です」と4人。
ヒカゲツツジ群生、婚活の舞台にも
登ってみようか―。まきんこの森でくつろいでいた際、何げに思い立った。藪をかき分け、額に汗をにじませながら登った先には同市春日町の街が一望できる絶景が広がっていた。思いがけない美しい景色との出合いに、「この感動をほかの人にも届けたい」。思い立ったが吉日。さっそく、「プロジェクト0・551キロ実行委員会」を立ち上げ、登山道整備をスタートさせた。
青木さんと阪口さんは、チェーンソーの扱いに長け、登山ガイドの資格を持つ中辻さんは地形図を読むことができるのでルートの設定役を担った。菅沼さんはパラグライダーが趣味。「飛ぶのは得意ですが、登山は初心者。だからこそ、山慣れしているほか3人と、世間一般の皆さんとの感覚をつなぐのが私の役割だと思っています」
昨年4月初旬にヒカゲツツジを愛でる周遊ツアーを開催。4人は仲間のガイドと共に20人の参加者を森の中へといざなった。昨年は花の当たり年。群生するヒカゲツツジがまさにトンネルを形成していたという。
5月初旬には、水分れ公園とまきんこの森をつなぐ縦走を行い、満員御礼の30人が参加。6月には「アウトドア婚活」と銘打って、宝来山への登山道を男女の出会いの舞台に設定し反響を呼ぶなど、女性ならではの柔軟な発想力で、森の活用の幅とその魅力を広げている。
自然の恵み感じるプログラム作りも
今年は、「フジのつるでターザンができるアトラクションスポットを造りたい」「道中、もののけ姫の一場面かと思うほど苔が美しいエリアがあるので、写真スポットとして映えるよう整備をしたい」「現状は少し健脚向けなので、初心者ルートも造りたい」「山菜採りや草木染めなど、自然の恵みを感じられるプログラム作りをしていきたい」と夢は広がる。
「森は3密とは無縁の世界。山歩きはこれからのウィズコロナの世の中の遊びにもってこい」と4人。「森に入る人の数を増やしたい。そして、自然の素晴らしさを体感してもらいつつ、一方で手入れがされなくなった里山林の荒廃や獣害などの課題についても、地域の人や都会の人とも共有していけたら」と話している。