養豚に甚大な被害を与える豚熱(CSF)の感染拡大を防ごうと、全国で野生イノシシへの豚熱経口ワクチンの散布が進んでいる。西日本の防疫最前線の兵庫県で、感染が確認されたイノシシの頭数が県内市町別で最多の丹波市は5月15日―6月27日に60カ所で実施した。京都府との府県境の丹波市。2020年春―昨秋の2年間は、県内への侵入を防ごうと、市の東部の京都府県境で重点散布したものの食い止められず、今回は散布ラインを西へ移動させた。県畜産課によると、人間でいうところの接種率や抗体保有率など数値目標の設定はしておらず、「一つでも多くかんでくれることを願うのみ」とコントロールが効かない野生動物に手を焼いている。
◆5市縦の防御線
山口県で飛び地感染が確認されたが、岡山県、鳥取県は感染未確認。丹波市を含む県内8市がワクチン散布を実施、うち5市が南北に縦の防御線を張っている。餌とワクチンを混ぜたカプセルをイノシシに経口摂取させ、抗体をつけることで豚熱ウイルスに感染しづらくさせ、感染拡大を抑える。イノシシが出没しそうな場所を選んでカプセルを埋め、イノシシがかんで吐き出したカプセルを後日回収する。
◆市全域が感染区域
過去2年間、丹波市では市東側の市島、春日、青垣地域の府県境ラインで散布したが、すでにまん延。今回は、散布線を市西部、南部へ移動させ、青垣、氷上地域の加古川より西と、初めて山南地域に散布。すでに丹波市は全域が、感染確認区域(陽性確認地点から半径10キロの範囲)に含まれており、市以西を守る試みだ。
春の散布の最終日は、青垣地域20地点で回収。5人が火ばさみなどを手に山に入り、5日前に埋めたカプセルを探した。
◆かみ痕で判定
かんだ痕から、「イノシシ摂食痕」「その他破損」「破損なし」に分類。1カ所に20個ずつ散布し、少ない所で数個、多い所で十数個を回収した。イノシシ以外の小動物もかむほか、動物がカプセルを運び出すと、回収不能。かみ痕で見分けがつかない場合は、土の掘り具合や足跡など、猟師の経験で総合判定。人のワクチン接種記録システム(VRS)さながら、地点ごとに現場でタブレットに回収結果を入力した。
◆県内最多の39頭
21年3月の県内初確認以来、6月24日までに、県内16市町で確認された陽性イノシシ121頭中、39頭が丹波市。丹波篠山市23頭、淡路市19頭と続く。豊岡市3頭、朝来市8頭で、県北部は持ちこたえている。丹波市より西の宍粟市で3頭、市川町で2頭など感染が確認されており、県西部へ拡大の兆しがある。
場所によって濃淡はあるものの、猟友会員は丹波市内のほとんどの地域でイノシシが減ったとの肌感覚を持っている。
農家にとっては、イノシシは農作物を食い荒らす害獣で、敵。豚熱で個体数が減れば、農産物被害が減ると、ワクチン散布を疑問視する人もいる。県畜産課は「イノシシの保護ではなく、養豚産業を守るため。ウイルスが養豚場に侵入すれば、全て殺処分になる」と理解を求める。
銃猟をする山澤さんは「農作物に悪さをする野生動物は、イノシシだけではない。猟友会は鹿の駆除も頑張っているよ」と言い、「狩猟税を納めているわれわれ猟師にとっては、イノシシが捕れないと、面白くない」と嘆いていた。
【豚熱の感染拡大】2018年9月9日、岐阜県の養豚場で、国内では26年ぶりの感染を確認。東は岩手県、西は山口県を飛び地に、兵庫県まで広がっている。県内では21年3月14日、丹波市春日町内の山中で死んでいる2頭のイノシシで感染を初確認。県全域で死亡イノシシは全てPCR検査、抗体検査を実施。捕獲個体の検査は、丹波市のほか11市町が対象。豚熱は、豚、イノシシの病気で人に感染しない。豚熱にかかった豚、イノシシの肉を食べても人体に影響はない。感染確認区域から持ち出さないよう家畜伝染病予防法に基づく農林水産省の指針があり、自家消費はできるが、市場流通はできない。