発達障害、知的障害があり、兵庫県丹波市の氷上特別支援学校高等部1年の酒井悠輝さん(15)が、5月3日に県立武道館で開かれる高校生の「競技かるた」の県予選に初出場する。競技かるたを始めて8年目。夢のかるたの聖地「近江神宮」(滋賀県大津市)で開かれる全国大会出場を目指し、一歩を踏み出す。事務局によると、特別支援学校生の大会出場は「過去にない」という。
全国高等学校総合文化祭県予選兼小倉百人一首競技かるた全国高等学校選手権大会県一次予選。約130人が出場予定。大会出場は県高校小倉百人一首かるた連盟加盟が条件で、氷上特別支援学校は「社会参加を応援する」として加盟し、酒井さんのために道をつけた。同校以外に、特別支援学校の加盟はない。
試合は札を覚える時間が15分、その後、1時間ほどかけて対戦する。一日で4試合を戦う。酒井さんはこれまで一日2試合が最多で、未体験の領域になる。「勝つとうれしく、負けると悔しい。たくさん札を取りたい」と、大会を楽しみにしている。
好きな和歌は、「うかりける―」(源俊頼、74番)、「八重むぐら―」(恵慶法師、47番)、「千早ぶる―」(在原業平、17番)。
園児時代にゲームで百人一首をマスター
3歳の頃に自閉症と診断された。療育手帳の障害判定は、県区分で中度B(1)と3区分の真ん中。障害特性からこだわりが強く、スケジュール変更など突発的な出来事に柔軟に対応できない半面、法則性を持つものを好む。上の句の次に必ず決まった下の句がついてくる百人一首が性に合った。
認定こども園に通っていた5、6歳のころ、ゲームで百人一首をマスター。コンピューター相手では飽き足りず、2016年、小学校から氷上特別支援学校小学部3年に転校した9歳の時、「篠山かるた会」(同県丹波篠山市、水井廉雄会長)に入門し、競技かるたを始めた。篠山かるた会は兵庫県初の「名人」を輩出している。
始めた頃は、1時間も座っていられなかった。父、泰成さん(47)の付き添い、助言なしには試合が成立しなかったが、次第に集中が持続するように。昨年10月、初めて全日本かるた協会(全日協)公認の公式戦に出場、対外試合ができることを証明した。
また、県内の強豪校の練習会に参加し、部員と対戦。競技に支障がないことを顧問や部員に確認してもらい、部員からも理解してもらえたという。
父「本気で頑張ることで成長を」
自陣に札を並べる際、どの札をどこに置くか「定位置」を持つのが一般的だが、酒井さんはそれがない。「払うと気持ちが良い」と、札を払うのは好きだが、目当ての札と一緒に周りの札を飛ばすと復元できないため、当該札1枚だけを払う練習をしている。駆け引きが得意でなく、相手より速く反応し、札を取る真っ向勝負だ。
息子が得意分野で輝けるようにサポートを続ける泰成さんは、「篠山かるた会の皆さんのおかげで、着実に力はついている。近江神宮の全国大会を目指すには、全日協のD級(初段以上)の力が必要。まだまだその力はないが、わが家では、『特別支援学校から近江神宮を目指そう』と。例え出場できなくても、そこを目指して本気で頑張ることで、息子が成長してくれることを願っている」と、あふれる親心を語った。
4月30日に、県予選と同じ県立武道館で開かれる「全国競技かるた兵庫大会」(県かるた協会主催、全日協公認)にもE級(無段者の部)で出場し、会場の雰囲気を感じる。高校生大会より格上の大会で、子どもから高齢者まで出場する。全日協公認、後援大会で好成績を収めることが、初段への道。3学年下の弟、知輝さん(12)も出場する。
篠山かるた会副会長で、小学生の頃から酒井さんを指導している塚口井公子さん(6段、県かるた協会長)は、「途中でお父さんを頼らないと1試合戦えなかった頃から見ている。1人で対外試合ができるところまで成長できたのは、すごいの一言。本人とご家族が本当に素晴らしい努力をされた」と言い、「勝ち負けで感情を揺さぶられ、札1枚にすごく喜んだり、悲しんだり、感情のコントロールが難しいことがあったと思う。札の復元など、相手の理解と協力がなければできない部分もあるが、彼が出場した去年の県協会の大会で、誰もが『彼ぐらい競技ができれば出場不可と判断する人はいない』と理解した」と話す。
また、「メンタルスポーツ。落ち着いて頑張ってほしい」とエールを送っている。
【競技かるた】「五七五七七」 の和歌を 「五七五」 の 「上の句」 と、 「七七」 の 「下の句」 にわけ、 読手が詠む上の句から該当する札を判断し、 下の句だけが書かれた札をいかに早く取るかを競う。 競技には100首ある札のうち、 50枚だけを使用。 取り札を自陣、 敵陣に25枚ずつ並べる。 敵陣から札を取ると、 自陣の札を1枚相手に送る。 相手がお手つきをした場合も同様。 自陣の札が先になくなった方が勝利する。