兵庫県丹波市の映画館「ヱビスシネマ。」の支配人で、映画監督の近兼拓史さん(61)が実行委員長を務める「丹波国際映画祭」のグランプリ授賞式が、同市内で行われた。過去に同劇場で公開した作品の中から12作品をノミネート。同劇場など3会場で上映し、鑑賞した人の投票により、第1回グランプリには「ヒゲの校長」(谷進一監督)が選ばれた。
グランプリ作品は、「手話の父」と呼ばれる大阪市立聾唖学校長だった高橋潔の生涯を描いたもの。主演の尾中友哉さんは母親が丹波市青垣町出身で、丹波とも縁のある作品。全110票のうち、16票を集めた。
近兼さんによると、ろう者から「映画館に行くのに遠慮があった」という声を聞き、手話サークルに場内案内を頼むなど、ろう者が安心して鑑賞できるように体制を整えて公開したという。
また、最優秀アニメ賞には「かがみの孤城」(13票)、最優秀音響賞には「BLUE GIANT」(10票)、観客賞には「銀幕の詩」(7票)が選ばれた。
人気アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」を制作した「ガイナックス」元社長の山賀博之さん、日本映画監督協会理事の天野裕充さんがプレゼンターとして出席。「ヒゲの校長」の谷監督は欠席だったが、携帯電話の音声を会場に流し、「皆さんの応援のおかげ。ぜひこの機会に手話のことを知ってもらえれば」と喜びの声を寄せた。受賞作の監督には、丹波の美しく色付いたモミジをあしらった盾が贈られた。
実行委員長の近兼さんは、「国際映画祭をやりたいと思ったものの『そんなの無理だ』からのスタートで、何とか一歩を踏み出せた。ここから少しずつ輪を広げ、旧6町の6会場でできるような祭りにしていきたい。また、皆さんの力を借りてさらにたくさんの子どもたちを招待できるように発展していけば」とあいさつした。
【山賀博之さんの話】 変に盛り上げる演出をしたわけでもないのに、地元ゆかりの作品がメジャー作品と競ったのがとても面白い。ぎりぎりまで集計を見ていて、宣伝力があるメジャー作品を越えてグランプリを取られたのは気持ちよく、小さな“事件”だった。
【天野裕充さんの話】 国際映画祭をやりたいという話は早くから聞いていて、観客がグランプリを決めるというコンセプトはその時から明確だった。メジャーもマイナーもなく、同じ土俵でフェアに決めるという思いを実現したんだなと思った。
戦禍を逃れ、兵庫県神戸市に避難中のウクライナ人9人が、「丹波国際映画祭」に合わせて丹波市を訪れ、「ヱビスシネマ。」で同国のアニメ映画「ストールンプリンセス」と日本の映画「土を喰らう十二ヵ月」を鑑賞、物語の世界を丹波市民の観客と共に楽しんだ。
ウクライナ作品の上映を決めた、同映画祭実行委員長で同劇場支配人の近兼拓史さん(61)が招待。避難者の生活を支援する県国際交流協会と接点がある、ウクライナ語通訳として活躍中の河津雅人さん(37)=丹波市=の仲介で実現した。丹波市を訪れたウクライナ人の中には昨年秋に、避難生活を少しでも便利にと、丹波市が生活支援のため自転車を贈った女性もいた。
ナターリア・ルシノヴァさん(71)は、黒海沿岸のオデッサの北に位置する大都市、ムィコラーイウからの避難者。現地の劇場で黒澤明監督の作品を見た。「宮崎駿ら日本のアニメの素晴らしさはウクライナでも有名」と言い、水上勉原作の「土を喰らう十二ヵ月」について、「素朴な生活の中に、日本の文化、生活が身近に感じられた。日本人の国民性や世界性、哲学を感じた」と熱っぽく語った。また、戦争が続く祖国について「早く帰れるように祈っている」と語った。