岩盤くり抜き水ためる 県史跡「岩尾城跡」の井戸 連載”まちの世間遺産”

2025.12.09
ニュース丹波市地域地域歴史注目

 

岩尾城跡への通路上に掘られている井戸。今も水をたたえている=兵庫県丹波市山南町和田で

当たり前にありすぎるけれど、住民が大切にしていきたいもの「世間遺産」―。丹波新聞では、兵庫県丹波地域の人や物、景色など、住民が思う”まちの世間遺産”を連載で紹介していきます。今回は、兵庫県丹波市山南町和田の「岩尾城跡の井戸」です。

「蛇山」の山腹に、県指定史跡「岩尾城跡」の堀井戸がある。往時のままの姿をとどめた貴重な遺構で、今も水をたたえている。同市教育委員会によると、山城までの通路上にあるという立地が「普通とはちょっと変わっている」という。

山頂の天守台から50メートルほど直下の標高300メートル付近にある。約2メートル四方で、深さは7メートルほど。湧き水をくみ上げるタイプではなく、谷筋傾斜部の岩盤をくり抜いており、雨水をためて使っていたとみられる。

2021年に地元グループが水を抜いて掃除を行った時の様子。深さ7メートルと伝わる

同市教委社会教育・文化財課の西岡真理さんによると、一般的な山城の井戸は、平坦な開けた所に造られており、「水手曲輪(みずのてくるわ)」などの名称が付いている所もある。西岡さんは「敵からの防衛を考えると、なぜこの場所に造ったのかが分からない」といぶかしがる。

岩尾城は、信濃国南和田から来住した日向守斉頼が、1516年(永正13)に築城した。明智光秀の丹波攻めで落城し、1586年(天正14)に近江から来た佐野下総守栄有が城郭を改修するも、1596年(慶長元)に豊臣秀吉の命により廃城となった。城の史料は乏しく、井戸がいつの時代に造られたかは不明という。

2021年、「ふるさと和田里山づくり協会」が井戸を掃除した際、「汀」もしくは「江」と読み取れる墨文字が書かれた木簡が出土。それ以上の解析は進まなかったが、歴史ロマンのある井戸跡だ。

関連記事