元高校の生物教諭、原田健一さん(64)=兵庫県丹波篠山市小野奥谷=が、但馬地方のブナの森を舞台にした写真集「ブナの森から オトシブミの便り」を自費出版した。1993年から30年間、足しげく森に通い、ブナの生活史を調査・研究してきた原田さん。氷ノ山(1510メートル)、扇ノ山(1310メートル)、蘇武岳(1074メートル)の雄大な自然の中で見られるブナの森と、そこにくらす多種多様な生き物、四季折々に見せる森の表情などを美しい写真と優しい文章で紹介している。
原田さんが森に通いながら気づいたことを体長1センチほどの昆虫オトシブミに語らせ、ブナの森の一年と、ブナの一生を中心に解説している。
写真には、「ブナの花粉は風で運ばれる風媒花」「夏にはすでに来年春の新芽が付いている」「降り積もった落葉が菌類によって分解され、再び草木の栄養になる」「落葉層が雨水を大量にため込むため、ブナの森は『緑のダム』と呼ばれる」などの解説文を記載。ブナの芽生えを写した写真には、「小さな芽生えが200年以上も生きる力を秘めている。これから数多くの試練の後にあの巨木になることを想像すると、登山道でうっかり踏んでしまうことはできなくなった」と言葉を添えている。
また、ブナの発芽や成長速度などを調べる調査風景や、氷ノ山の麓で営む農業の様子をはじめ、調査地に通う中で出合ったシカやテン、コノハズク、カケス、ヒダサンショウウオ、ミヤマカラスアゲハなどの動物、ギンリョウソウやサンカヨウなどの草花、冬虫夏草やナラタケなどのキノコと多彩な生物の写真も多数掲載している。
多紀中学校時代、夏休みの宿題に母親が拾ってきたモグラの死体で骨格標本を作った。翌年はニワトリで挑戦した。篠山鳳鳴高校では生物部に所属し、植物標本作りとアリの生活史を追った。信州大に進学し、植物ゼミで分類や生態を学んだ。
卒業後、高校生物教員に。伊丹市立(定時制)、伊丹北、柏原、三田西陵で教鞭を執った。34歳から2年間は兵庫教育大大学院の修士課程に入り、「兵庫北部に分布するブナ林の動態」をテーマに研究。以後、ライフワークとなり、30年間、但馬のブナ林に通い、定点観察を続けた。累計で氷ノ山には232日、扇ノ山には286日、蘇武岳には約20日通った。
原田さんは、「研究を始めた93年の種子から発芽した実生個体は、氷ノ山では数年で消え、扇ノ山でもとうとう1本となった。でも、その1本が今も生きていることが、調査地まで1時間くらいかかる登山道を登るときの励みになった」と振り返り、「倒木の上に育つブナの芽生えに、『森は生きている』を体感できた。本の出版という長年の夢がかない、この自由研究に取りあえずピリオドを打つことができた」とほほ笑んでいる。
約21センチ四方、オールカラー。700部発行。