この夏、ルーマニア中北部の山間の町、ビエルタンを訪ねた。ドイツからの移民が15世紀に建てた世界遺産の要塞教会がある。小高い丘に天を突くように建つゴチック風の塔は、ぶ厚い3重の壁を張り巡らせて、まさに城のようだった。▼何から守る要塞かというと、東・中欧の奥深くまで攻め入っていたトルコ軍。何千もの要塞教会があったそうで、そのいくつかが世界遺産に指定されている。現在もルーマニア、ハンガリー、ドイツの3カ国語の交通標識が交錯する周辺一帯には、トルコもこんな形で痕跡を止めているのだ。▼ヨーロッパでもアジアでも、大陸の国々の国境はめまぐるしく変遷しているのが通例だが、海に囲まれた日本では、目に見えないため国民には認識され難い。だから戦前の日本は、卒業式の「蛍の光」にまで「台湾の果ても樺太も八洲(やしま)の内の守りなり」という歌詞を入れ、子供の頭に「領土」をたたき込んでいた。▼平和憲法下では帝国主義的な教育はご法度となったが、しかし辺境部に民族独立運動などの問題を抱え込む中国やロシアは、領土には我々の想像を絶するほどに敏感である。▼経済や文化のグローバル化がボーダー・レスを促す一方で、国境はやはり隠然と力を持っている。その現実がある以上、やはり能天気は禁物だ。(E)