客足途切れなかった繁盛店 ソウルフード「どさん娘 青垣店」

2024.07.08
地域

青垣で営業46年、笑顔で「どさん娘 青垣店」ののれんを下ろす松下明さん・秀子さん夫妻=兵庫県丹波市青垣町小倉で

当たり前にありすぎるけれど、住民が大切にしていきたいもの「世間遺産」―。丹波新聞では、兵庫県丹波地域の人や物、景色など、住民が思う”まちの世間遺産”を連載で紹介していきます。今回は、兵庫県丹波市青垣町の飲食店「どさん娘 青垣店」です。

同市青垣地域のソウルフード「ラーメン」「餃子」で人気を集めたが、5月末で静かに営業を終了した。1978年12月に開店、46年目のことだった。20年前、肺がんを克服した店主の松下明さん(69)が、心臓の病を患い、ドクターストップ。明さんは「思い出がたくさんあり過ぎて」とほほ笑み、「一生懸命調理した」と万感の思いを口にした。接客担当の妻、秀子さん(74)は「閉店を事前告知できれば良かったけれど、仕方がない。多くの人にかわいがってもらって感謝でいっぱい」と穏やかに話した。

京都市出身の明さんは、18歳から料理人。妻の故郷で暮らすのに際し、当時、青垣に少なかった飲食店を開こうと考えた。働いた先が「どさん娘氷上店」(氷上町市辺)だった縁で、1年ほどたって独立した。

メニューは46年ほぼ不変。ラーメンは「みそ」が人気で注文の7割を占めた。野菜を刻むところから手作りする餃子は、明さんが皮にあんをのせ、秀子さんが手際良く包む。甘くこくがある餃子のみそだれは、フランチャイズ本部からの購入をやめ、明さんが独自開発したレシピで作るようになり、人気に火がついた。

2006年に北近畿豊岡自動車道春日和田山道路が開通し、車の流れが変わるまでは、阪神間からの海水浴客、スキー客が店の中、外に行列をつくり、多忙を極めた。5人で店を回していた時期もあった。

今年に入り、明さんが体調を崩し、店は閉めがちに。「しばらく休みます」のはり紙が、「閉店のお知らせ」に変わったのは6月下旬。店舗は借り手、買い手がなければ、1年程度をめどに更地にする。「後をやってくれる人がいれば、みそだれを教えるし、昼なら私が手伝えます」と秀子さん。明さんは「もうおしまい。きれいさっぱりしたいという思いと、誰かやりたい人がいれば、の思いで揺れ動いている」と吐露する。

最終盤は、昼のみの営業になったが、最後まで客足が途切れることがない繁盛店だった。多くの人の「家族で外食」の思い出が詰まった青垣の「世間遺産」は、「失われた世間遺産」になる岐路を迎えている。

関連記事