近くにある狭宮神社で百五十年ぶりに能が行われると聞き、見に行った。少年時代から夏祭りなどで親しんできた神社で、日本が世界に誇る伝統芸能と思わぬ「初遭遇」。初心者の自分でも楽しめるのだろうかと、ドキドキしながら開演を待った。 狂言「仏師」が上演された後、境内に二基おかれた松明(たいまつ)に灯がともされた。「パチパチ」という木がはぜる音と共に、暗闇の中に舞台がぼんやりと-という古来の風情を満喫することは、照明設備の加減でできなかったが、社の森に笛の音が響く。なんともいい感じだ。 能「土蜘蛛(つちぐも)」のハイライトは、武者たちと妖怪、土蜘蛛との立ち回り。おどろおどろしい妖怪が投げつける、真っ白な糸の視覚効果と、戦いの緊迫感をつたえる鼓(つつみ)と笛のリズムにすっかり乗せられ、息をのみ見入る。激闘の末、武者がついに土蜘蛛を切り伏せると、満員の観客席から、緊張の糸が切れたように、一斉に拍手がおくられた。 「見に来てよかった」と、心から思えたひと時。ボランティアで開催に尽力された実行委員の方々に、頭が下がる。同時に、パンフレットで見るまで故郷の神社の歴史をまったく知らなかった自分の無知さに赤面する思いだ。遠くを見る前に、まず自分の足下から-。しっかりと心に刻んでおきたい。(古西広祐)