「テン」の思い出

2010.07.08
未―コラム記者ノート

 夕暮れ時、峠の山際をうろつく「テン」に出くわした。イタチの仲間で、さほど珍しくもないが、私にとっては特別思い入れのある動物だ―。 いろんなことに興味を持ち始める幼少の頃、私はお化けや妖怪に異常な関心を持っていた。そんな当時の愛読書は水木しげるさんの「妖怪大百科」。その中に「テン(貂)」という妖怪が登場しており、幼い私は一時期、実在のテンと妖怪を混同していたようだ。 母親によれば、当時、私が「博学多才」として一目置いていた亡き祖母に、テンについてよく質問していたという。今から思えば、夜行性で警戒心が強いため、滅多に人目に触れることのないこの動物について、祖母がくわしく解説できるはずもなかった。しかし、子どもが相手と見て祖母は、「人を化かす」「血を吸う」など、おもしろ半分で答えていたように思う。そのでたらめな返事のお陰で、テンがますます得体の知れぬ不思議な存在となり、神秘的で特別な生きものとなった。 そんな当時の出来事を懐かしく思い返しながら、テンが藪の中へ姿を消すしばらくの間、車内から眺めていた。(太治庄三)

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