日テレ アックスオンスポーツセンター・ディレクター 西村明浩さん

2010.11.15
たんばのひと

回り道して天職に
(にしむら あきひろ)東京都在住

 1980年 (昭和55) 丹波市柏原町生まれ。 篠山鳳鳴高校卒業後、 大阪の専門学校放送学科卒。 読売テレビ関連の制作会社に入社。 2003年に日テレ入社。

 日本テレビの製作部門で人気番組 「24時間テレビ」 などのスポーツ関連を担当。 「インタビューをすることは多いのですが、 自分が受けるのは初めて」 と照れる。 午後出勤し夜9時ごろまでスタジオにいる。 忙しい時は3晩徹夜することもあるが、 休みは取りたいときに取れ、 海外への取材旅行もある。 「文句言ったら罰が当たるほど恵まれた職場」 だが、 随分回り道もした。
 高校2年の時、 テレビのお笑い番組を観て 「めちゃめちゃいけてる。 将来はあんな仕事につきたい」 と決め、 大学進学を勧める教師や親の反対を押し切って専門学校へ。 放送技術を学んだ後、 大阪でアシスタントディレクターとして憧れの仕事の第一歩を踏み出した。 しかし予想以上に厳しく、 上司に叱られるたびに 「自分はダメなのでは」 と落ち込む。
 東京への転勤話を潮時に退職し、 一転、 金融関係の営業職として普通のサラリーマンに。 早朝から晩遅くまでくたくたになって働いた。 収入は結構あっても、 「お金じゃない。 やっぱりテレビの仕事がよかった」 と後悔しながら帰郷。 就活中に、 ネットで今の仕事の募集を知る。 それまで 「東京は人間の住む所やない」 と嫌っていたが、 背に腹は替えられずに上京。 難関を突破して首尾よく仕事にありついて7年経った。
  「色々ありましたが、 やはりこれが天職だったのでしょう。 苦心した作品が完成した時の達成感が最高」。 今度こそは寄り道せず、 ひたすらステップアップをめざす思いだ。
 母校の新井小で5、 6年生の時の担任だった石塚先生の、 「いやなことを進んでやりましょう」 という口癖を思い出す。 しごかれた下積み生活が今の自分を作っている。
 丹波への思いを聞いたら真面目な顔で 「結婚して両親を安心させたい」。

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