近代日本画壇の巨匠と言われる富岡鉄斎の絵画展が、植野記念美術館で開かれている。鉄斎の母親は、春日町の出身。「鉄斎のあの長寿と野性味は、母から伝えられた農民の血であろう」と評した研究者もおり、今回の作品展は鉄斎と丹波との絆を再認識する機会となろう。▼母親の生家に残る作品も展示されている。蚕などを描いた「養蚕図」で、「一日(いちじつ)作(な)さざれば一日食わず」を念頭に置いたであろう賛が入っている。▼「わしの絵を見るなら、まず賛を読んでおくれなされ」が鉄斎の口癖だったというが、この「一日不作 一日不食」は、中国の高僧、百丈懐海(ひゃくじょうえかい)禅師の言葉だ。▼80歳を過ぎても、禅門で肉体労働をいう作務(さむ)を怠らない百丈を案じた弟子たちは、作務を休むよう進言したが、百丈は耳を貸さない。それで、ひそかに作務の道具を隠した。やむなく作務をやめた百丈だが、同時に食事もとらなくなった。弟子から理由を尋ねられた百丈の返答が「一日不作 一日不食」だった。▼鉄斎の画業は、80歳を超えてから円熟の境地に入ったといわれる。80歳を超えても作務に励んだ百丈のように、1日1日を大事にしてきたから、晩年になるほど鉄斎の画境は進んだのかもしれない。そんなことを思わせる賛だ。(Y)