コーヒー豆高騰の報道に接し、30年以上前に読んだ小説家の随筆を思い出した。その小説家が地方から都会に出たばかりの青年時代の思い出を書いた随筆だ。▼地方出身のぼくとつな青年は、喫茶店で働く女性に思いを寄せた。女性の姿を見たいばかりに、その喫茶店に足しげく通った。ある日のこと。支払いをすませた青年に、女性が1枚の紙切れを渡した。青年は店を走り出て、手の中でくしゃくしゃになった紙切れを開いた。そこには「コーヒーは、スプーンですくって飲まないでください」と書いてあった。▼当時、私自身が地方から都会に出たばかりだったこともあり、その青年を笑い飛ばすことはできなかった。コーヒーは都会の文化であり、大人の洗練された嗜好品だった。都会にとまどい、大人になりきれずにいた私は、コーヒーの飲み方を知らない青年に共感を覚えた。▼青森出身の鬼才、寺山修司は若きころ、「ふるさとの訛なくせし友といてモカ珈琲はかくまでにがし」と歌った。ふるさとの訛と対比されたモカ珈琲は、都会の文化を象徴している。ふるさとをかなぐり捨て、都会になじもうとする友を寺山は苦々しく感じたのか。▼高校の卒業式が終わった。この春、多くの若者が都会に出る。今どきの若者は、小説家の随筆をどう読みとるのだろうか。(Y)