地震

2016.01.16
丹波春秋

 「方丈記」を著した鴨長明が、終の住みかとして京の都の南東、日野山に結んだ庵は、広さ約3四方、高さ約2で、4畳半一間ぐらいの建物だったという。庵は「建てる」「壊す」とはいわず、「結ぶ」「解く」という。それほどに、はかない建物だ。▼なぜ長明はそんな質素な建物に住んだのか。それは、身の安全のためだったという見方がある。どんなに立派な家をつくったところで、地震や火事、台風にあえばひとたまりもない。地震の際は、家屋の下敷きになる恐れすらある。ならば方丈の庵の方がいい、という訳だ。▼「方丈記」に、地震についてふれた文章がある。その中で長明は、「大地は常に動かず、災いを起こさないと思っていたのに、このありさまとは…」と、みずからも体験した地震の恐ろしさをつづっている。「羽がないから空を飛ぶこともできない。竜なら雲にも乗れようがそれもできない」。だからこそ庵を選んだのか。▼当時もそうだったろうが、長明のように生きるのは至難だ。方丈の庵で安住するなど、とてもできない。しかし、地震に備える心構えだけは見習う必要がある。「方丈記」は今からおよそ800年前の作だが、心構えの大切さは時を超える。▼長明の言うように、この世でもっとも恐ろしいのは「ただ地震なりけり」なのだから。(Y)

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