新成人へ

2016.01.09
丹波春秋

 明日は「成人の日」。門出を迎える新成人に対して失礼だが、「10で神童、15で才子。20すぎればただの人」という言葉が昔からある。いつの時代からの言葉か知らないが、およそ600年前、世阿弥が記した能の理論書「風姿花伝」にもよく似た内容がある。▼世阿弥によると、7歳から能の稽古を始めるのが良く、そうすれば12、13歳にもなると、幽玄を帯びるようになる。なにしろ稚児姿なので愛らしく、声も立つ。欠点が隠れ、華やいで見える。まさに「10で神童、15で才子」だ。▼しかし、子ども時代の華やかさは、世阿弥に言わせると「まことの花にはあらず」で、その時だけの花に過ぎない。どんなに喝采を集めても、その後の順調な歩みが約束された訳ではない。17、18歳になると壁にぶつかる。▼声変わりや体の成長で、少年期の愛らしさが消えてしまうのだ。人気が落ち、失望を味わう。だから、この時期こそ生涯の分かれ目だと覚悟し、たとえ人に笑われようとも稽古に励まないといけない。「ただの人」で終わるかどうかの分岐点が20歳前後というわけ。▼夏目漱石も、「人間だいたいの価値は、十八、九、二十くらいの間にきまる。慎みたまえ、励みたまえ」と手紙に書いている。―以上は「ただの人」である筆者から新成人への老婆心いっぱいの忠告。(Y)

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