夏目漱石

2017.01.19
丹波春秋

 昨年は夏目漱石が没後百年で盛んに登場した。軽快洒脱、時に大胆な作風とは裏腹に、内気で神経質な人だったと言われる。加えて彼はかなりコンプレックスを抱えていたのではと、筆者は推察する。▼ロンドン留学中、金回りがよかった仲間の官吏や駐在員たちに比べ、自分の小遣いは限られていたと嘆いているが、英国人のアジア新興国への差別意識も想像に難くなく、そういう事情が輪をかけただろう。▼ただ、彼の言説からは、それをバネにしたような鋭さが伝わってくる。数年前に「三四郎」を読み直した際、冒頭部の一場面にはっとした。▼三四郎が熊本から上京する汽車の中で知り合った広田先生と、車内で見かけた西洋人や日露戦争勝利のことが話題になり、「日本もこれから発展するでしょう」 と尋ねたら、「滅びるね」と一蹴される。まさに日本が国際舞台に華々しく登場するこの時に、40年後の連合国への屈伏を予言していたのだ。▼学生時代にただ筋を追って「心の内面を描いた作品」とのみ受け止めていた「こころ」にも「それから」 にも 「門」 にも、欧米列強に伍そうと武力で大陸に出ていく国策への冷めた見方が再発見できる。戦争機運に踊らされた民衆の心の深層にも、それがどこかひっかかっていたのでは。来年は第1次世界大戦終結から百年。(E)

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