火垂る

2017.06.10
丹波春秋

 丹波地方に「ほめく」という方言がある。「ほめく」の「ほ」は「火」のこと。だから暑くて湿気が高いことを「ほめく」と言うそうな。いよいよ本番を迎える蛍の「ほ」も火のこと。国語学者の金田一秀穂氏によると、暗闇に蛍が飛ぶと、火がスーッと垂れているように見える。それを表す「火垂る」という昔の言葉が、そのまま蛍の名前になったのだという。▼和泉式部に、「もの思へば沢の蛍もわが身よりあくがれいづる魂かとぞ見る」という歌がある。目の前を飛ぶ蛍に、肉体を抜け出てさまよう自分の魂を見たというのだ。▼魂の化身になぞらえられるのは、蛍の火に魅惑的な美しさがあるからだろう。対して、蛍の火をはるかに超える現代の火には何があるか。▼古来、人は火を危険なものと考えてきた。経済学者の中谷巌氏によると、ギリシャ神話にも古事記にも、火はとてつもない不幸をもたらすものという話があるそうだ。しかし、現代人は、火に対する恐れを見失った。▼「近代文明の利便性と『科学がすべてを解決する』という科学信仰にどっぷり浸かっているうちに、人間が持つべき謙虚な姿勢をすっかり忘れてしまった」と中谷氏は書く。その象徴が、原子力という現代の火だ。先ごろ高浜原発3号機が再稼働した。奇しくも「火垂る」の季節に。(Y)

関連記事