悲観

2017.11.25
丹波春秋

 中世の寓話である。神が天使を下界にくだし、悪魔の持つ誘惑を取り上げるように命じた。これまで人間をまどわしてきた誘惑をすべて取り上げるという天使に向かって悪魔は懇願した。

「たった一つの誘惑だけは取り上げないでください」。

 それは「悲観」への誘惑だった。悲観はほんのつまらないものであると言う悪魔に天使はしばらく考えた後、「いいだろう」と認めた。天使が去った時、悪魔は高笑いした。「このただ一つの誘惑を持っていることは、すべてを所有していることになる」。以来、人は悲観というとんでもない罠から逃れられなくなった。

 人の心は厄介なものだ。精神分析学者のフロイトによると、人には生きることを楽しもうとする「生の本能」がある一方で、不快や苦痛を求める「死の本能」も併せ持っているという。

 死の本能が内側に向けば、自己嫌悪や罪悪感といった感情が生じる。そこに悲観という感情が加われば、自殺願望につながっていく。先ごろの事件の被害者はどうだったのかと思う。

 人は感情に突き動かされ、感情のままに行動することがある。人は感情の動物というのは正しいが、それは半面の真理。人は、心をかき乱す感情を統御できる動物であるというのも真理だ。ただ、統御する力は自ら意識して磨かないといけない。(Y)

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