丹波OB大学大学院の2年生8人が伊能忠敬の丹波市内での足跡をまとめたマップを作製した。
その作業を通して学生たちは、1日に20キロほど歩いたとされる忠敬の脚力に感心していたが、昔の人の脚力には歴史小説作家もとまどうらしい。
吉村昭氏は言う。「歴史小説で困るのは距離感です。現代人の距離感と大きく違っているのです。なぜかというと、当時の人間の足は速いから」。吉村氏によると、忠敬に教えを受け、測量事業にも協力した間宮林蔵は1日に30里も歩いたそう。恐るべき脚力だ。
忠敬には、老年のエネルギーという点でも感心する。前人未踏の全国測量を成し遂げ、精密な地図を作り上げた忠敬だが、この偉業は50歳を過ぎてからだった。49歳で家督を息子に譲り、隠居。江戸に出て天文学者に学び、55歳で蝦夷地の測量に出発。71歳で最後の測量を終えた。
定年後をどう生きるかという今日的な命題に、忠敬に学ぶところは大きい。「中高年の星」と言っても過言ではない。
とはいえ、忠敬も老齢での再出発に際して迷いがあったようだ。当時の50歳は今の50歳とは違う。迷う忠敬の背中を押したのは、古木に咲いた梅の花だった。老木に等しい自分でも、もう一花咲かせると意を決した。梅の季節を迎える。還暦の我が身は何を思うか。(Y)