啄木鳥


 本紙丹波篠山市版の前号で、キツツキの被害に遭っている神社の記事が載った。拝殿を保護するため、拝殿の周囲を囲うようにして建てた覆屋の板壁に無数の穴が開いており、キツツキ類の仕業である可能性が高いという。キツツキは「啄木鳥」と書く。木を啄む鳥。歌人の石川啄木は、キツツキから「啄木」と名乗ったらしい。

 啄木は明治19年、岩手県南岩手郡日戸村に生まれ、まもなく渋民村に移った。「はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざりぢつと手を見る」の有名な歌で知られるように貧苦にあえぐ生活を送った。

 啄木には、ふるさとをうたった歌が少なくない。「かにかくに渋谷村は恋しかり おもひでの山おもひでの川」「ふるさとの山に向ひて言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな」。啄木の田園に対する思慕には深いものがあった。「笑われてもかまわない。私は私の思慕をすてたくはない。ますます深くしたい」と言い切ったほどだ。

 3畳の玄関に8畳間と6畳間の東京の借家に、妻子と両親の5人で暮らし、明治45年に息を引き取った。わずか26歳。

 「今日もまた胸に痛みあり 死ぬならば ふるさとに行きて死なむと思ふ」と願った啄木。死ぬ間際、啄木の脳裏にふるさとの風景がかすめたろうか。キツツキが木をついばむ音が聞こえたろうか。(Y)