戦時伝える「奉安殿」 小学校から自力で神社へ移設

2023.09.05
たんばの世間遺産地域歴史

今田小から移設した奉安殿。今は氏神の天神さんを祭る社となっている=兵庫県丹波篠山市今田町佐曽良新田で

当たり前にありすぎるけれど、住民が大切にしていきたいもの「世間遺産」―。丹波新聞では、兵庫県丹波地域の人や物、景色など、住民が思う”まちの世間遺産”を連載で紹介していきます。今回は、丹波篠山市今田町佐曽良新田の天満神社に鎮座する戦争遺跡「奉安殿」です。

明治以降、学校に下賜された天皇・皇后の写真「御真影」と、教育勅語謄本を納めていた建物。終戦翌年の1946年秋、氏神「天神さん」を祭る社として活用するため、村人たちが直線距離で約1・5キロ離れた今田小学校から移設した。

戦後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が日本から軍国主義、超国家主義を一掃しようと、全国の小学校に建てられた奉安殿の撤去を命じた。しかし、移設することで解体を免れた奉安殿が現在でも各地に点在している。

今田町史によると、奉安殿は運動場正面の高台にあった。40年からは、朝礼や卒業式などの儀式の際には必ず参拝させるようになり、教職員や児童たちは正座をして礼拝したという。

当時を知る同集落の藤本政利さん(93)によると、GHQの撤去命令に当時の区長が、氏神の社として活用することを提案し、無償で譲り受けることになった。

奉安殿はコンクリート製で、屋根は檜皮ぶき、神社風のたたずまいを見せていたが、移設の際、ひっくり返してしまい、屋根が大破したため、移設後の修繕で銅板ぶきとなった。

移設には1週間以上を要した。近隣集落の協力も得ながら、建物の底に丸太でこしらえたコロを敷き、ウインチで引っ張って少しずつ移動させた。「今から思えば、なぜ、あんなにも苦労して神社へ移設する必要があったのか不思議。きっとわれわれの頭に戦時教育が刷り込まれていたのだろう」と藤本さん。「えらい時代を生き抜いてきたのだな」と、今は鎮守の森に静かにたたずむ奉安殿を眺めながら、しみじみと語った。

関連記事