百科事典

2015.08.29
丹波春秋

 宝島社が昨年発行した『新しい代表的日本人』に丹波出身者が載っている。三島由紀夫や岡本太郎、白洲次郎ら名だたる人物を紹介し、「日本人が世界に誇れる50人」との副題がついた同書に今田町出身の下中弥三郎が登場しているのだ。▼明治11年に生まれ、赤貧の中で育ち、苦学して教育の道に進んだ弥三郎は、のちに「出版は教育なり」の信念で平凡社を創業。1カ月に1冊という驚異的なスピードで全28巻の「大百科事典」を出版した。その功績から、先の本に取り上げられた。▼最近読んだ星新一の随筆に百科事典の思い出が出ていた。父親の遺した大英百科事典の思い出だ。父親は実業家で政治家でもあった星一。浮き沈みのある人生だった父親だが、不遇の時にあっても、大英百科事典をおさめた本棚を「子供のためにこれだけは残す」と言い、実際に遺した。▼競売に付されたときに買い戻したというその本棚には、「差し押さえ」の紙片の一部がはりついていた。星新一は、男親が子に残す意志を示したものとして最上の品と書いている。▼知の表象である百科事典。だからこそ下中は一大事業として出版に挑み、星の父親は息子に贈る品とした。しかし今、百科事典の威光はすっかり失せた。知の山岳に挑む意欲まで失せてなければいいのだが。(Y)

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