篠山鳳鳴高校が創立140周年を迎えた。明治9年創建の私立篠山中年学舎が始まりだが、教育の源流はそれよりも110年前に創建された藩校「振徳堂」にさかのぼるという。振徳堂の教育方針を示した「學規」に、「学問を志す人なら誰でも授業を受けてよろしい」とある。教育に理解のある懐の深い方針だ。▼鳳鳴高校の校祖と仰がれるのは、篠山藩主・青山忠良の子、忠誠。明治8年から学業の優秀な旧篠山藩士の子弟を東京の自邸に招き、学費を与えて学校に通わせたが、「学生の基本を養う学校が篠山になければならない」と考え、篠山中年学舎を創建した。▼忠誠は、学校の創建について福沢諭吉に相談。賛同した諭吉は英語と物理化学の2人の教師を篠山に送り込んだ。教師に忠誠は「新しい文明の時代に篠山を導いてほしい」と望んだという。忠誠には、「文明は学問がもたらすものなり」との考えがあった。▼鳳鳴高校の卒業生、河合隼雄氏が著書『未来への記憶』の中で、山奥のように言われる篠山についてこう書いている。「青山藩の殿様が学問に熱心だったので、それで、田舎やけど、わりに文化程度が高いんです」。▼教育を重んじ、教育を通して文明をもたらそうとした先人の営みの上に築かれた篠山。教育は人をつくるだけでなく、まちもつくった。(Y)