先日の弊紙で小型の室内犬が丹波地域で増えているとあったが、江戸時代も同様で、大名屋敷ではたいてい殿様の夫人が小型犬の狆を飼っていた。
屋敷の奥に幽閉されている身の上のため慰めを求めて狆を飼い、可愛がった。
歴史学者の磯田道史氏によると、日本での純粋な意味での犬の愛玩は、狆の飼育が始まりだったという。それまでの江戸時代以前は、犬は放し飼いにされていた。このため、餌が豊富にある都市部では犬がたくさん住みつき、人と犬のトラブルが絶えなかった。悪法の評判が高い「生類憐れみの令」だが、その真意は、野犬の増加を食い止めるためだったという説もあるほどだ。
野犬化した犬はしばしば人を襲った。子どもを食い殺し、墓地に捨てられた死体を食いあさることもあった。その時代の犬の鳴き声は今のような「わん」ではなかったと、国語学者の山口仲美氏はいう。
犬の声を記した歴史文献などを調べると、「わん」は江戸時代の初めごろに登場するが、それまでは闘争的でドスの効いた「びよ」「びょう」だったという。人に飼われるなど、犬の環境の変化が鳴き声を変えたと山口氏は推測する。
環境の持つ影響力を思う。犬と違って人は、環境を変える力を持っているものの、環境の影響力はそれ以上でなかろうか。(Y)