心が重たくなる事件が相次いでいる。犯罪は社会の影をうつす鏡とするなら、その影とは道徳の退廃かもしれないが、そもそも道徳とは何なのか。梅原猛氏は、「親の子を思う心、特に母の子を思う心に道徳の根源がある」と指摘する。▼この言葉を実感させる講演を最近聞いた。「1リットルの涙」の著者、木藤亜矢さん(故人)の母親、潮香(しおか)さんの講演だ。娘の亜矢さんは中学3年のときに発病した。体の運動神経が少しずつなくなる難病で、症状が重くなった亜矢さんは自ら命を絶つことを考え出した。▼ある日、この母子は抱き合って泣き、母親の潮香さんは「あなたは、私たち家族の大切な宝物なんだよ」と語りかけた。すると、亜矢さんは「みんなが心配してくれているんだから、しっかりしなくてはいけないのは私なんだよね」と、自分に言い聞かせるように話したという。▼自分を丸ごと受け止めて包み込んでくれる人が身近にいる。その人との太い絆の中に自分がいる。自分は勝手に存在しているのではない。「我思われるゆえに、我あり」。だから、自分のことを思ってくれる人の愛情を裏切る行為をするまいと思う。ここに道徳の芽生えがあるのではないか。▼相次ぐ事件の容疑者たちは、「我思われるゆえに、我あり」を体感する経験があっただろうか。(Y)