「雪の朝二の字二の字の下駄の跡」の句は、「田捨女が六歳の時に詠んで人を驚かせた」と、広辞苑にある。「捨女」の名を知らない人でも大抵、「その句なら聞いたことがある。それを作った人なんですか」と言う。▼しかし捨女の自筆句集には、もう一つの少女時代の句「いつかいつかいつかと待ちし今日の月」はあっても、「雪の朝」は何故か収録されていない。俳人、坪内稔典さんは「おそらく、捨女の作ではないのかも」と話す。▼当時、雪に刻まれた下駄の跡を「二の字」に見立てるのは通念としてあった。しかしそれを斬新に感じた後世の人が、少女時代から機知に富んだ句を作っていた捨女に結び付けたのではないかというのだ。すると捨女はあの世で、「えっ、それも私?」と苦笑しているのだろうか。▼しかし事実はどうあれ、この句が捨女の看板のようになってしまったのは、とりも直さず彼女の存在がそれほど光っていたことを示す。丹波の後裔としては、堂々と「広辞苑の通りです」と胸を張ればいい。▼柏原のステ女俳句ラリーは今年も盛会だった。全国でここほど吟行に適した町はないと思う。何よりも、坪内さん、宇多喜代子さん、山田弘子さんら、そうそうたる顔ぶれがそろって11回連続、選者を務めて下さっている。俳句とは縁遠いという人も、是非注目されたい。(E)