日本の農業に規模拡大という目標が出てきたのは、1961年に制定された農業基本法からだ。農家の若者の多くが都会に出て行ったことが背景にある。若者が流出しても、機械などを導入して地域の農業を維持しよう、というのがその内容だ。
しかし、若者が抜けた穴は埋まらなかった。目標は失敗したが、99年に基本法が改正され、新たな農業政策が生まれても規模拡大の文字がちらほらと顔を出す。本紙丹波市版で掲載した認定農業者制度も、規模拡大の名残が見られる政策だが、丹波市の認定農業者数は、横ばいから減少の兆しが見え始めた。
しかし、代表の婦木克則さんは「今の数で十分」と話す。その言葉には政策に頼らない若手農家への信頼がにじみ出ていた。自分たちのしたい農業をめざし、自力で経営する彼らを「丹波の気風」と誇らしげに話した。
時代は変わる。自分たちの農業をしたい、と若者が農業を志し始めた。今までの規模拡大などの枠にはめた行政支援では、そっぽを向かれる。農業政策は、時代に合わせた脱皮が必要になってきている。(河本達也)