大阪近郊の駅前からタクシーに乗ったら、運転手が「こんにちは」と明るい声。30歳代半ばだろうか、初々しい感じで、行き先を告げると「この仕事、始めたばかりで、この辺はよくわかりませんので教えて下さいね」▼「スーパーの所を右折して道なりに」などと指示しながらの話に、彼は研修期間を終えて1カ月。「タクシーで『こんにちは』とあいさつされたんは初めてや」と言うと、「そうですね。研修生も皆照れくさそうにしてました」。▼菓子屋でケーキを作るかたわら、店頭にも出ていたので挨拶は慣れているが、昨年初め頃から売り上げが落ち、もらっていた給料では家族を養えなくなったので転身。1日おきに21時間の乗務はきついが、「お客さんから色々な話を聞かせてもらえるので、勉強になります」。▼「でも、せっかくの職人の腕を眠らせるのは惜しいね」。「ええ…、本当は自分で小さな店を出すのが夢やったんですけど」。「作ったケーキを銀行に持ち込んで、『こんなん作れます。開業資金を貸して下さい』と、頼み込んだら」。「そんなに簡単に貸してくれますかね」。▼「まあ、どれだけ人を見てくれるかやな。どうしてもやりたいという熱意を示せたら、百軒ほどまわったうち1軒くらいは貸してくれるかも知れんよ」。目的地に着き、「がんばりや」と言って、下車した。(E)