柏原出身の画家、川端謹次の逸話が面白かった(本紙1月20日付)。東京美術学校在学中、教えを受けた画家、藤島武二から「絵描きになりたいなら、飯より絵を好きになれ」と言われた川端。晩年、家族で温泉旅行に出かけたとき、その言葉通りの川端の姿を家族は目の当たりにした。▼夕食で、吸い物の椀のふたを取った川端は、ふたの裏をじっと見つめている。水滴の美しさに見とれていたのだ。川端は、やおらスケッチブックを取り出し、描き始めた。夕食の箸を取ろうともしなかったという。▼旅館のぜいたくな食事よりも創作に夢中になる。似たような逸話が柏原出身の彫刻家、初代磯尾柏里にもある。がんに侵され、病床にあったとき、妹たちが「元気になったら、兄妹で温泉に行こうね」と話しかけても返事をしない。しかし、「元気になったら彫り物をせんならんな」と問いかけると、柏里はうれしそうに顔を崩し、「そうや」とうなずいた。▼温泉旅行という俗世の楽しみには興を覚えない。創作しか眼中にない。それほどの一徹な思いがなければ、仕事を成しえないのが芸術の世界なのだろう。▼「四角な世界から常識と名のつく、一画を磨滅して、三角のうちに住むのを芸術家と呼んでもよかろう」(夏目漱石『草枕』)。川端も柏里もその通りの芸術家だった。(Y)