たばこの話

2007.01.31
未―コラム記者ノート

 幼稚園に通っていたころだから、今から20年ほど前のことになる。庭先で弟とたばこを吸った。いつもおいしそうに煙をくゆらせる家族が、うらやましかったからだ。 不器用にたばこをくわえて、思い切り息を吸ったところ、煙が一気に肺に流入。あまりにも苦しかったので、しばらくその場でむせかえってしまった。「これはいけない」と思い、弟には吸わせなかった。後にも先にも、たばこを口にしたのはこの一度だけだ。 市島町で、集落集会所の分・禁煙の実施状況を調べるアンケートが行われた。これによると、分・禁煙を実施している集落は約2割にとどまっている。この結果に、喫煙派の上司は少しうれしそうな表情。禁煙派が多い社内で、肩身の狭い思いをしているせいだろう。 この上司に限らず、「考え事をするときに必要」「これでストレスを発散している」という言葉は、これまで友人から多く聞いた。彼らにとってたばこは、とりあえず、『心の健康』を保つ道具になっている。それを「ダメです」と言い切ってしまうのも心苦しい。そんなわけで、喫煙派と禁煙派がゆずりあう「分煙」が、自分の性にあっている。(古西広祐)

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