凍結防止剤がシカを育む―。春の陽気に誘われ、満開の梅の香り漂う山中の峠を散歩していたとき、路肩の凍結防止剤の袋を見て、はたと思い出した興味深い話。ある自然写真家のレポートを紹介する。
凍結防止剤として使用されている塩化カルシウムや塩化ナトリウムは、化学的にこしらえた人工の塩。塩は、胆のうを持たないシカが生きていく上で非常に重要なミネラル成分らしく、その確保のために家畜や人の尿までもなめて補給しているのだという。冬季になると、その貴重な塩分を人がわざわざ山奥にまで運び、大量に撒いてくれるものだから、シカにとっては願ったり叶ったり。シカ害に困っている人間が、間接的にシカの健康増進を促し、頭数増大に一役買っているという皮肉な結果を生み出しているというのだ。
前述の写真家は、実際にその証拠のシーンをカメラにおさめており、また研究者の実験でも同様のことが報告されている。私たちの何気ない生活の一端が、自然界に大きなインパクトを与えている。この冬、県内だけでもいったいどれだけの“塩カル”が撒かれたのだろう。(太治庄三)