「丹波」の名前がどこからきたのか、今月号のこども新聞で改めて調べてみた。丹波は、古くは「たには(わ)」と呼ばれ、「たんは」「たんば」と音が変化して、「丹波」の字が当てられたらしい。古代米の赤米が丹い波のように見えたことから「丹波」になったとも。
「たには(わ)」とは何かについては、いくつか説があり、そのうちの有力なものが「田庭」説。穀物の神様「豊受大神」は、もとは「丹波国」にいた女神で、天照大神のお告げにより伊勢神宮へ移ったとされている。この神話は田庭説の根拠にもなっているという。この時代の「丹波国」は、律令国の「丹後国」も含まれているが、「丹波国」の神様だったと聞いて勝手ながら親近感がわいた。
丹後国が丹波国から分かれたのは、713年のことらしい。ちなみに、「丹波」という地名が古代からずっと続いているのは、京丹後市峰山町の「丹波区」のみ。かつては丹後国に「丹波郡」があり、今年3月までは「丹波小学校」もあった。丹後国にだけ「丹波」があったのはなぜだろう。(古西 純)