ボクサー引退へ 決め手は娘の一言 元世界ランカーの角谷さん「生まれ変わっても」

2023.07.25
地域注目

現役に区切りを付けた角谷さん(前列中央)とボクシングの仲間たち=大阪府東大阪市で

兵庫県丹波篠山市出身でプロボクシングの元世界ランカー・角谷淳志さん(38)が、現役にピリオドを打つことを表明した。日本タイトルマッチやWBC世界タイトルマッチに挑むなど、大舞台で拳を振るい続けたボクサー人生で、「チャンピオンベルトを巻く」という夢はかなわなかったが、今は後進のトレーナーを務めており、ボクシングは継続。角谷さんは、「普通の人生では味わえない刺激を得られた。今後はボクシングを盛り上げる活動をしたい」とすがすがしい笑みを浮かべる。

「ナイスボディ」「スピード、スピード」―。大阪府東大阪市にある「冴城ボクシングジム」で、後進のスパーリングに声をかける角谷さん。「自分でやるよりも人に教える方が100倍難しい」と苦笑する。

それでもジムの人たちから尊敬を集めており、指導を受けてプロテストに合格した選手は、「めちゃくちゃ速い角谷さんと練習していたので、テストはかなり楽に感じた」と目を輝かせた。

スパーリングを行う後進にアドバイスを送る角谷さん(左)=大阪府東大阪市で

地元で拳を鍛えた後、自衛隊勤務を経て2008年にライセンスを取得。天性の身体能力に加え、硬く、切れがあり、相手にとって予測が難しいパンチを武器にランキングを登り詰め、3度の日本タイトルマッチに臨んだほか、13年にはメキシコで行われたWBCライトフライ級タイトルマッチのリングに上がった。

14年には地元で開かれた壮行試合で鮮やかなKO勝利を見せ、その姿に多くの市民が熱狂した。

挫折と再起を繰り返しながら続けてきたが、5年前にドイツでリングに上がって以降、試合から遠ざかった。

当時所属していたジムで練習や試合ができない状況と、もう一つの理由が子どもの誕生。現在、4歳と2歳の女の子の父で、「『とうちゃん』と呼んでくれるのが、かわいくて仕方がない。ドイツ戦後はまだまだいけると思っていたけれど、今は仕事が終わったら早く家に帰って娘に会いたいし、世界を目指すような練習を続けるのは諦めた」と優しい笑顔を浮かべる。

2013年にメキシコで行われたWBC世界タイトルマッチで戦う角谷さん

造園業の仕事をこなす傍ら、今もボクシングを続けているのは、共に戦い続けたトレーナー・冴城辰弥さん(47)の存在。冴城さんが新たに設立したジムに移籍し、週に1、2回は子どもからプロを目指す大人、ボクシングを楽しむ人たちのトレーナーを務めており、すでにプロボクサー2人を輩出。二人三脚の挑戦は今も続いている。

ただ、久しく試合に出場しておらず、これまでプロボクサーの定年だった37歳を過ぎたことから現役に区切りをつけた。

二人にとって思い出深い試合は数々あり、「WBC戦で世界の舞台に立てたことはとても貴重な経験だった」と言い、地元戦は、「あんなにホーム感のある試合はなかったのでうれしかった。地元にボクシングの楽しさを知ってもらえたのでは」と振り返る。

愛娘や仲間たちと写真に納まる角谷さん

角谷さんは、「生きるか死ぬか、天か地か、というプロ人生はとても楽しかった。もう一回、生まれ変わってもボクシングをしたいし、次はもっと練習する」とにっこり。背中を押し続けた地元の声援に、「本当にありがとうございました」と感謝した。

冴城さんも、「丹波篠山の皆さんには本当にお世話になった。これからも貢献させていただきたいので、若いボクサーたちを連れていろんなお手伝いをしに行きたい」とほほ笑んでいる。

かくたに・あつし 兵庫県立篠山産業高校東雲分校(現・篠山東雲高校)時代にボクシングと出合う。陸上自衛隊伊丹駐屯地勤務を経て、2010年全日本フライ級新人王。12年、16年、17年に日本タイトルマッチ、13年にはWBC世界タイトルマッチに出場したが、敗れた。過去最高ランキングは、日本ライトフライ級1位、WBC世界12位、WBA世界8位。戦績は27戦19勝(12KO)7敗1分け。

冴城さんが立ち上げ、角谷さんがトレーナーを務める冴城ボクシングジム

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